【ウェブマガジン のたる】にて財津代表の著書「本のある生活~本活のすすめ~」の書評を書いて下さった編集長・宮沢さんと財津代表による対談が実現しました。本の内容に触れながら楽しく、時には深く鋭い切り口で対談は進みました。本に対するお互いの熱い思いが伝わる素敵な時間でした。(カメラマン・玉川光昭さん)

インタビュー(財津代表に聞く!)

        
・・・ウェブマガジンのたる 宮沢編集長さん
・・・ブッククロッシングジャパン代表 財津正人さん
今日は、「本の流通について」出版における取次についての今後の課題や将来的にこうであったらいいだろうなという点、そして、もうひとつは、私にとって最も関心のあることなんですが、ウェブといいますか、バーチャルの世界と紙の本などの実際のリアルな世界との関係性をお聞きかせ願いたいと思います。
まず、財津さんが本を出版されてから今までの間にすでに何らか反響はありましたか?

はい。まず、電子書籍をマイナスにとらえるということではなくて紙の本にもまだ何かできることがあるんだよ、と訴えたい。それが『本のある生活~本活のすすめ』のテーマの一つでした。

僕の地元は広島ですが、ブッククロッシング・ジャパンの本部もまた、広島なんです。今回、僕の本を出版するにあたって、僕自身が実験・実証したいなということがたくさんありました。今、宮沢さんがおっしゃったように紙の本を出すことによって何らかの反響を得る、ということもその一つです。

ですから「何か反響があったか?」という質問に関しては、もちろんあるように動いてきたつもりなので、反響はありました。最もそれを分かりやすいのが、宮沢さんにも書いていただきましたが、「書評」という形での反響でした。

今までお会いしたことのない見ず知らずの方が、僕の書いた本について本当に真摯に真剣に評価してくださった。その形は、僕に対するメールであったり、ご自身のブログであったりとさまざまですが「書いていただいたこと」、これは僕にとっては、本当に大きな反響といえるものだと思います。

書評を書かれた方というのは、財津さんに直接、ご連絡されるのでしょうか?それとも財津さんご自身がそれを見付けられたのでしょうか?
『本のある生活』について、マスコミ媒体のチェックやメール管理なども含めて、僕の仕事を手伝っていただいている方がいます。その方が情報を拾い集め「財津さん、『本のある生活』についてブログ記事を書いてくれた方がいますよ」とか「ツイッターに載っていましたよ」「FACEBOOKで取り上げてくれた方がいますよ」などと逐一教えてくれます。
その中でも印象的に残った感想は、どのようなものでしたか?
まさしく「我が意を得たり」というご感想をいただきました。
というのは、やっぱりこうして良かったと改めて思ったことなんですが、 この本は、誰にでも読んで頂けるように、わかりやすく書いたんですね。
本を出して頂いた出版社の社長にも「とにかく、誰にでもわかるように書いたので、編集作業をする際も『わかりやすい」を念頭に置いて欲しい」とお願いしました。

話がちょっとそれるんですが、現状の出版社である「コスモの本」から最終的なOKをもらう前に、実は、某著名ビジネス書の出版社からも同じように企画が進んでいたんです。だけど、そこでは僕の取次とか書店経営とか出版社勤務とか、今の編集など、今までの30年の経験から得た知識で出版業界暴露本にしてくれ、という話だったんです。

要するに裏話ですね。だけど、そうしてしまうとブッククロッシングなんて、内容に触れる必要がなくなってしまう。この本の中にもありますが、たとえば、「一流出版社の編集者の年収が数千万円。それが末端の波及につながっている――」。こういったことをどんどん書いてくれ、という要望だったわけです。

「僕はそういうのは嫌です」と、その依頼を蹴ったんです。なぜかというと、この本を出版業界の暴露本にはしたくなかった。出版業界の裏話とか、そういったことを言うのが嫌だというわけではないんです。たとえば、そういう討論会などであれば、僕は誰に臆することなく言いますよ。でも、そんな品のない本は嫌だということで、ここに落ち着いたんですね。

そういった経緯からも僕は出版業界の人間だけにしかわからないような内容には絶対にしたくないというのがまずありました。それと同時に、出版業界と出版業界ではない世界とを非常に分かりやすい形で橋渡しをしたかったというのもあります。だからこそ"わかりやすく書く"というのをひとつの目的として書きあげました。「わかりやすかった」という感想を頂いているのは、本当に嬉しいことだなと思っています。

他にも感想は、何かありましたか?
本の中でブッククロッシング・ジャパンが立ちあがるまでの経緯を少し書いたんですが、それに対して非常に興味深いという内容の感想を最近いただきました。
「本には書いていなかったけれど、この著者が一番喜ぶこととは、この本を最終的に著者が立ち上げたブッククロッシング・ジャパンを使って世界中に旅させることではないのだろうか」と書いて下さっていたんですが、本当そうなんです。そこまで僕の気持ちを汲み取ろうとしてくれたことが嬉しかったですね。
ちなみに、その方の年代やどんな方かというのは分かりますか?

文章から見て、おそらく30代前半の男性。多分、男性だと思います。これが、女性だと素敵なんですけどね。文体が男性ですから(笑)。


他にも、アマゾンレビューへ頂いた感想のなかには、「この本には5人の対談が載っているが、そこが非常におもしろい。5人それぞれの方がおもしろいというのもあるが、著者が、非常に興味深い話を上手に聞き出している」といったものがありました。

僕は、もともと著名作家さんとトークショーやトークイベントなどを何度もさせていただいていますが、いかにしてその方から話を引っ張り出すかをいつも考えています。なぜなら、答えというものは、質問ありきだと思っているからです。ですから、そこを褒めてもらったような気がして嬉しかったですね。

私の対談箇所についての感想ですが、財津さんがおっしゃりたいこと、思っていることを、きっとこの方々とだったらすごく共感できるだろうなという思いから、聞いていらっしゃる、という感じがしました。

 

もちろん、先ほど言われた「質問ありき」というのは、相手のことを本当に分かっていて、どういうことをしゃべるのかということも分かったうえで聞いていらっしゃいますよね。だからその方のお答えも財津さんの思いを語っているに近いような気がしました。そういった反応があった方々には、財津さんから直接お返事されたり、ということもあるのでしょうか?

極力させていただくようにはしています。この前、宮沢さんに来ていただいたブックイベントの一箱古本市の店主さんの中に出版業界の方がいらっしゃったんですが、その方が僕の本を読んでくださっていたんですね。


僕は、出版業界では「いい本を出すこと」そして「産業として利益上げること」。この両方ができないと駄目だ、といったようなことを、再三この本のなかで書いています。もちろん、それは当たり前のことなんだけど、未だに両極に分かれている節があるんです。それが何かと言うと、一つは、いい本を出しても受け手である読者のレベルが低いから、いい本というのは買われない。もう一つは、お金お金って言いだすと、いい本というのは作れない。この二つの考え方というのが、あるんです。

 

たとえば、僕なんかが「この本を出して儲かるのか?」とか「出版することによって得るブランディング」みたいなことを書いてるんだけど、そういう俗世間的な、著名になりたい、有名になりたい、ということを本に求めるといい本にならない、といった考えなんですね。

 

僕はずっとこの業界にいて思うのは、だけど現状、出版業界というのは、お金的に厳しい。お金的に厳しいというのは、何かと言うと働いている人間の給料が低いってことです。

「じゃあ、どうするの?」という話になりますが、僕はそれが必要だということをここでも明言しています。それに対して「こういうこと言う人って本当に少ないんですよね。だけどみんな思ってるんですよ。だけど言うと叩かれるから言わないんですよ。財津さん、よくぞ言ってくれました」という意見をあの日、その方からもらったんです。それは本当に嬉しかったですね。

そのあたりって、この本の中にも書いてあったんですけど、たとえば出版社がブランディングを目的とした本を出していたとしても、確かに一方ですごく売れる本もいっぱいあるわけですよね。そういうところに走っていて、そうじゃない、実は質もとても良かったり、確実もファンもいたりするような本は、出版社としてはそんなに積極的には売られていないような現実もあるように私は思うんです。そういうようなところをつながってくるお金のかけ方といいますか、大事にするところということですよね。確かに、それは他の業界にはあるように思いますけど、なかなか見えない。特にその中にいる人たちは、なかなか超えられないですよね。
僕の立ち位置が、自分の会社の経営者である。これが一番大きな理由なんです。けれども"ひとつの出版社だけの仕事をしているわけでもない"ということがあるんですね。だから、悪いように言えば宙ぶらりんなんだけど、良いように言えばすごくフリーなんですよ。

全部、元なんです。取次会社の元社員、元書店経営者。だからこそ「書店のここが悪い!」と僕はいま言えるんですね。それはある種、無責任だと言われるかもしれない。だけど、僕はやっぱり言いたいことはある、だからとりあえず言おうと。それを建設的に言ってきたというのが、この本の趣旨ですね。

実際に体験もしていらっしゃるわけだから、今はいらっしゃらなくても実際ご自分が体験した中からも言えることは、やっぱり全然無責任じゃなくて的を射ていると思います。言われた方にしてみると本当に痛いところ。実際はわかっているけれど、そうは言っても...みたいな感じでしょうね。

 

今、フリーな場所にいるという考え方に、私もすごく共感しました。
実は、最近私が書いている記事について「すごく公平な見方をしている」とか「ニュートラルな立場での書き方を教えてほしい」と言われたんです。その辺りが、今すごくピンときましたね。たぶん私も書いている時に同じような立場で言うんです。なので、そこはとても共感できます。

ニュートラルというのは、非常にいい表現ですね、その通りです。
その言い方してもらったとき、私もとても嬉しかったです。そういうふうに見てくれている人がいると思うと本当に嬉しい。
言い方を変えれば、バランスが取れているということだと思うんですよね。

どちらかに偏ってないということですよね。よく分かっているけれども一面だけをズバッと見ているのではなくて、なんて言うんでしょう、斜めだったり、上だったり、いろんな角度から見ているという意味だと思うんです。とても嬉しかったですね。

 

今も出てきましたけれど、取次のことをもう少し教えていただけますか?
大手の取次が今、いくつかあって、そこから回っていく種類の本は、書店の大小によって偏ったりしているんでしょうか。その辺りの現状と、財津さんが今後の課題だと思っていらっしゃるようなところをお話いただけますか?
まず、大手の取次がいくつかあるわけですよね。書店へは、ほぼそこから本が入荷するんですか?

現状の取次は上の2社、これはトーハンさん、そして日販さんです。大体8~9割くらいを占めていますから、本当にほぼ独占状態ですね。3位に、僕の母体である大阪屋という会社があります。ですからこの3つ。あとは上位5社くらいの取次。
要するに、取次は問屋です。アマゾンなどのネット書店も含めて、ほとんどの日本全国の書店へ本を供給している、という流れがあります。

 

もう一方、取次を通さない、いわゆる「直販」という方法があるんですが、それはそれで、実際にまだまだ難しさがあるんです。この本でも少し触れましたが、直販というのは非常にいい方法です。いいんだけれども、やはり限界があるのも事実です。

 

出版業界の流通そのものを変えたということは、もちろんすごい功績はあります。ですが、今、言ったように直販が経済的なものを大きく変えるというところまではいかないと思うんです。直販というのはなにかというと、問屋である取次を通さずに、出版社から直接書店さんに本を送る方法です。

 

そうなってくると、その管理業務が必要になってきますよね。おそらく僕の予想では2,000~3,000書店が限界だと思うんです。それ以上数が増えると、問屋である取次のシステムに乗っからざるを得ない。そうでなければ、約12,000店ある書店さんの上位3,000書店くらいが取引の限界でしょう。

 

でも、僕がなんとかしたいなというのは、下にいる10,000店の書店なんです。要するに売れる書店から2000書店にピンポイントをあてることはそんなに難しくない。僕の本でもそうです。僕の本も初版が5000冊なので、おそらく売上の大きい順から書店さん2000書店くらいに行って終わりです。

数字的にみてもほぼ1冊か2冊しか各書店へは、配本されないということですよね。
取次問題、取次不要論と言うのももちろんある。電子書籍が出てきて取次は要らないとか、出版社は要らないという声もあったけれど、じゃあ、それは要らないだろうとか、不要論を唱えている人というのは、実際、何かしているかというと何もしていないんです。何もしていない。少なくとも見える動きはね。だからおそらく、このまま元に戻ります。取次というのが僕の出身母体であるということは全然関係なしに僕は必要だと思っているんですね。直すべき点はたくさんあるけど。
一番大きな"あったほうがよい"というのは、どういう点ですか?

少なくとも取次業のすごいメリットというのは、流通網の完備なんですよ。本当に辺鄙な辺境地でも取引している書店さんさえあれば本は行くんです。これは、現状、考えられないシステム。もちろん、書店数と初版の冊数とのバランスがとれてないから実際には行かないけれど物理上はいくんです。

 

それと、あとは集金業務。だから出版社というのは、本当は従来は流通の部分、本を運ぶという部分と最も大事なお金を集金する部分、この部分は取次というものがやってくれているわけだから出版社というのは、本当は本を作るということに100%注力できるはずなんですよ。

 

だから、いい本を作ると本が売れないというのは、本当に言い訳。本は売れないの言い訳。そういった意味で取次が今、無くなるとどうなるかというと、本当に下から5,000くらいの書店さんは一瞬で潰れますよ。間違いない。半年もいらないですよ。

 

取次不要論を唱えるのは大きな枠として唱えて、唱えているのは経営コンサルタントとかいろんなことであって、出版業界の一番末端という言い方をすれば非常に語弊はあるんだけれど、語弊なきように聞いて欲しいんだけれども三ちゃん書店と言われている、おじいちゃん、おばあちゃんがやっている本屋さんはもういいのか?潰してしまえでいいのか?という話になるんですね。今まで散々世話になっておきながら。それは駄目だろうということで僕は取次が必要だという話です。

売るところがなかったら本って売れないですもんね。他の商品だってもちろんそうですけれど。
だからこれは、本当に一長一短に「1+1=2」という方式で語られるべきものではないんです。純粋な読者という意見で言うと僕は実は立ち読みはいいけれど座り読みは大嫌いで「お前、いい加減にせえ」って、いっつも思うんだけど。
座って読んでるってことですか?
思うんだけども買う方から見れば、買うべき価値のある本ではないというようなことをよく言うんだよね。
買わないということは?
立ち読みで十分みたいな。僕はそれはちょっと違う...と。そういうのも含めて、いろんな方面から見る角度を変えれば全然意見が違うんだけど、僕のその立ち位置というのは、今、宮沢さんがおっしゃってくれたように、とりあえずは全部薄いんだけども7年周期ぐらいで、全部の業界というか、立ち位置を自分の目で確認しているということが、僕の今の立ち位置なので。今、おっしゃったように常にニュートラルであれというのは意識しているんです。
それに強みのような気がします。やっぱりいろんな立場のことがわかるっていうのは、自分が判断する上において、すごく大きいですよね、きっとね。
出版社は、驚くほど書店のことを知らないし、取次も驚くほどのことを知らない。逆に言うと書店さんは、驚くほど読者のことを知ろうとしてない。
それは、なぜですか?
別にそれはなくっても商売ができればいいじゃないかってことですかね。本屋さんもそうなんでしょうけど。
それがなくても商売ができてきたのがここ数十年。そもそもが、できてたんですよね。だけどある程度、インターネットが発展してきたのが大きいと思います、やっぱりね。僕は、電子書籍が市場を持ったとは全く思ってないし、たぶん失敗するだろうと思っているけどもインターネットの発展は大きいだろうと思うし、やはり過去の疲弊というか、本のある種、怠慢ですよね。僕も含めて全員の、というのもある。いろんなことにひずみがそろそろ本格的に出始めてきたんだなというのが、出版不況の原因だと思います。
たとえば、大手の取次店から書店に本を回す時に、そこによってここには何部とかを決めるわけですか?
そうです。
それって実績からですか?

配本というのは実績です。だから逆に言うと、これは実績のない書店さんは厳しいんですよね。売れる本がなかなか入ってこない。僕が本屋をやっている時は、12坪の小さな本屋だったので、よく大きな本屋さんに買いにいきましたよ。

僕がやっている時のベストセラーと言ったら『ノルウェイの森』とか、『サラダ記念日』だったけど、買いに行きましたもん。うちのほうには入ってこないから。だから1,500円の本を1,500円で10冊買って、それで自分の店に並べる。

収入はどうなるんですか?
それに対しては何にもないです。図書券で買うぐらいのものかな。3%。

ちょっと割り引かれると。なるほど。
私の父は、すごく本が好きで、最寄りの駅の駅前にあった小さな本屋さんがとても父のお気に入りだったんですね。たぶん店主さんも本が好きだったんだと思うんですけれど、父の傾向もとてもよくわかって下さったり、それから「これが入ってないか」とか逆に「これが入った」とか。

 

そこはやっぱり他にも好きな方がいらっしゃって、ちょっと前に改装した途端に、放火されて火事になっちゃったんですけど、店のファンの人たちが、支援して再開したんですよ。ただやっぱりちょっと前に結局、閉店してしまったんですけど、すごく残念だし、私はそれほど利用したんじゃないですけれど、なんかね、ぽっかり穴が開いてしまったような、あそこに行ったらいつもあれがあるとか、ここに行けば買えるとかやっぱり安心感があったんですよね、きっとね。

 

だからすごく本屋さんの存在って、そうでもない人もたくさんいるかもしれないんですけれど、本好きであったり、よく利用する人にとってみるとすごく大きな存在ですよね。今、そこも最近流行ってるアマゾンももちろん利用するんですけど、たとえば引き取るところ、引き受けるところがコンビニとかってなると、それもちょっとさみしい感じがしたり。

雑貨みたいになってるんだよね。

そうですね。ただ、本当に受けるだけみたいなところがあるんですけど、でも、まぁそれもひとつの社会の仕組みだし。たとえば、忙しくてなかなか本屋に行って探すとかっていう時間がないのも確かで、私の場合も。そういう時には、すごく便利だし、ありがたい。確実に入るというのでは、ありますよね。

 

それで、3つ目のポイントにもつながっていくんですけど、インターネットいわゆる電子書籍といわれているものと紙の本との関係であったり、今の買い方、購入方法としてのアマゾンみたいなネット上にある本屋っていうんですかね。それと実際の本屋さんっていうところの関係のあたりを少しお願いしたいんですけど。

 

この本の中でも先ほどちょっとお話に出てきた完全に経営をするんじゃなくて、それぞれのいいところで伸びていったらいいんじゃないか、という視点でも書かれていたと思いますが。

まず、最新の僕の考えというのは、電子書籍は失敗したなと完全に思ってますね。大きな理由は、呼び方です。電子書籍というように僕も言うし、皆さんも言う。だけどこの呼び方自体が電子書籍の失敗を示唆していて、初めの頃から感じていて、割と最近、表向きに発信しているんだけど、電子書籍なんて最低の呼び方で、これに書いている見延典子さんという方は「こんな人を馬鹿にしたネーミングってないよね」って言ってるんだけど、よく考えてみればわかるんですよ。

 

電子書籍推進派の人は、なぜ今も発信しないのかと不思議でならないんだけれど、一番わかりやすい例で言うと、味噌汁って僕たち飲んでたよね。それで、コーンスープが出てきた。飲み物で言えば同じです。だけど「洋風味噌汁」って誰も言わなかったんですよ。これがコーンスープの成功の例です。これと同じです。

 

あと、糸電話。これは笑い話で言うんだけど、糸電話は、糸電話って言ってるから糸電話なんですよ。単なるおもちゃです。だけど、あれがもし、まったく別の名称が生まれていれば、もしかすると別のものに発展していたかもしれない。電子書籍と言っている限り書籍の亜流なんですよ。あれはもう書籍ではないってことはみんなわかってる。書籍ではないから電子を付けているだけで、そうしたら呼び方が失敗だったんですよ。電子書籍の一番のメリットというと紙の本のようにページがめくれるとか、だったら紙の本でいいじゃないかと。

そうですね。めくることにこだわってますね。
紙の本のように紙の本のように線が引けるとか、そうじゃないんですよ。電子書籍が求めるべきというのは。だからまず、今現在、電子書籍が思ってるのはネーミングが失敗した。そして、まったく市場がないということ。誰も読んでいない。誰も読んでいないというのは、ゼロという意味ではないですよ。そして、誰も本気じゃない。これが大きいね。
本気じゃないっていうのは、読むことに対してってことですか?
ううん。電子書籍を普及させることに対して。
作ってる人のこと。

だから、これは本当にね、今回の3.11でも同じだけれど情報に本当に踊らされたなと。電子書籍元年なんか言って、電子書籍元年という本を紙の本で買うんだからおかしいだろうと本当に不思議で。電子書籍は紙の本を滅ぼした、という本を紙の本で買うってことは滅んでないし(笑)。

 

僕の周りでも「財津さん古いよ」って本当に言われるんだけど...懐古主義とかね。そうじゃなく冷静に考えて、どこにも市場がないんですよ。ただ、もしかすると僕の知らない水面下で私財を投げうって電子書籍に挑んでいる人がいるかもしれない。僕の望みは、そこです。その人たちは、先駆者利益を数年後にとるかもしれないけど、現状、大手でいうとプレジデントとか日経が電子版というものを非常にやってるけれど絶対に利益は出てないですよ。だから、あの人たちがどこまでやるかですよ、辛抱して。この電子で情報を発信するということに対してね。どこまで本気か。現状、どうみても本気な人はいないんですよ。

では、一番その人たちが求めたのは、何ですか? もしかしたら利益もそんなに上がらないだろうし...いっぱい読まれるだろうと思ったってことですか?
今、電子書籍元年ではなくて、僕は試行錯誤元年だと思ってるんだけど、試行錯誤元年で、いきなり尻すぼみになると。それが、僕の思う今、現在の予想です。
先ほど言われた"もしかしたら水面下で本気で考えていて取り組んでいる人がいるかもしれない"っていう人は、どういうふうに取り組まれているんでしょう。
僕が本に対しての情熱を傾けているのと同じように。
本当に読んでもらおうとしているということですか。
電子で何かを発信していることに対して、本気で情熱を感じている人がいるかどうかですよ。いるんだと思うんだけどね、たぶん。

それは、たとえば今、いわゆる電子書籍と言われているのは、本当にそれがウェブ上にあるだけで機械の中にあるというか、めくれるとかっていうそういう変わったことはあるんでしょうけど、ただ文章を別に載せればいいだけじゃないですか、その中身を知らせたかったら。それの方がかえって読まれたりしますかね?
それはやっぱりちょっとしんどいですかね? あんまりだらだらと書かれていたりすると。要するに本の形みたいにページで分かれるというのは大事なんでしょうね。

かなり難しいと思うし、本当に情報に踊らされたんだと思うんですよね。
やっぱりその目新しさというか、面白さというか、新しいゲームが出たら飛びついたりする時の感じに近いんですかね。システムとしておもしろいとか。

ただ一つ例外はね、たとえばテレビゲームという言い方をしたんだけれども、僕たちもやっているfacebookというものがある。あれはBookというものをやっているんだけれど別に本だと誰も思ってないわけですよね。完全に別のものとして認識をさせるようにマーケティングをするべきだったんですよ。

 

紙の本のようにとか、紙の本はこれで滅びるとか、電子書籍の衝撃とか、ああいう作られたベストセラーに踊らされるとか、作られた情報に踊らされる人が本当に多すぎる。現状、僕の周りでも電子で本を読んでいる人はゼロです。僕の周りでは、です。僕と接点がないからだけかもしれないけど。だから情報を流すということだけに特化すれば良かったんですよね。変に小説を電子化するとかよりも。


だから、京極夏彦さんとかは、まだチャレンジしてますよね。単行本と文庫と新書と電子と、この同じ新作をこの4媒体で出してるんですよ。

どうなんですかね、彼のファンなんかもやっぱり紙の本で読むのが好きそうな感じしますね。
だから、考え方はすべての人に対して対応したいという考え方。あれは正しいと思います。現状だと紙の本になっているものを電子にするっていうあれでしょ。やっぱり2番目なんですよ。京極さんなんかは、よーいドンで、紙、電子を出しているから。「さぁ、どっちか好きな方を選びなさい」っていう、この考え方は正しいと思います。

それは確かにあって、私はウェブマガジンを発行してますけど、やっぱり「それは私には見えないわ」っていう人がたくさん最近はいらっしゃって、わざわざプリントアウトして配ってくださっている方もいらっしゃるんですよ。

 

だからそこら辺は確かにそうなんですよね。私の中には全然、紙で出すっていう頭がなかったので、媒体としてウェブを選んでるわけなんですけれど。確かにその伝えたい内容があった時にネット環境がない方には読めないわけなので、不親切でもあるし、本当に読んでいただきたい方に届かないってことはあるなって思うので、そういうときにやっぱり紙も必要なのかなと、ふと最近思ってきたりもしているので。それは逆も同じなわけですよね。

だからね、スタート地点が宮沢さんの場合はウェブで出していて「紙も必要かな」と。だから僕はウェブマガジンで成り立っていると思うんですよ。これが、「紙で出したいな、だけどまだいろんな事情で、まずはウェブから」となると、これは全然面白くないですよね。
そうですよね。伝えたい中身は、別にどの媒体であれ、伝えたいわけで、私も中身が勝負だと思っているから。それを言えばどこに出るかというのも全然、二の次でもないんだけど、ただやっぱり一応、今、魅力も感じているのでウェブの。元々、前の仕事がそれだったというのもあるんですけど、というので選んでいるにすぎないっていうんですかね。
ケータイ小説で一度、我々は学んでるんだから、あの学びをもう一度取り入れるべきだったんだけれども電子書籍という名称とか、グーグルはどうとか、そういう電子書籍というものに対して反応するということのステータスとか、そういったものに踊らされすぎたような気はしますよね。
あとは、対談されている方も言ってらっしゃったんですけど、行間といいますかね、この紙の本ならではの魅力とかいろいろありますから、そこら辺がやっぱり画面の中からだと出てこないのかなとか、読めないのかなと思ったりもしますね。
これはある作家さんが言ったんだけれども、今現在、その方は電子小説は書いたことはないんだけど、「一生書かないですか?」と聞いたら「いや、そんなことはない」と。ただ、これは電子で発表しますとか、これは電子の本にしますということを初めに言ってくれないと絶対に嫌だと。言ってくれたらそれ向きに書く、ということなんですよ。
書く時から違うんですね。

それは、そうだと思うね。結局、電子書籍というものをやろうと思えば、編集能力ってものすごく必要になるんですよ。ウェブマガジンでも一緒だと思うけど。だけど、一般の人というのは、僕も一般の人からよく言われるのは、「もう編集者の仕事なくなりますよね」と。でも全然違うんですよ。ウェブが発達すればするほど、誰でも出せるからその中身が問われるんですよ。だから今は、とりあえず自費出版のレベルと商業出版のレベルと何が違うかというと、これは何が違うかで一番大きいのは、いくつかの壁を乗り越えてきているかということだけなんですよ。

 

商業出版の場合は、出版社、編集者。だけど自費出版の場合は、書いてる人がOKと言ったら出るわけだから、このいくつハードルを乗り越えているかというだけの話で。その小説家の人は、これはウェブ上でしか発表しませんと言えば、物言いから何からウェブ向きに書くと。それはそうだろうなと思った。その方は、今、自分の過去の作品を電子書籍にしようというのは、全部蹴ってるんだって。

一方で、私のウェブマガジンに書いている書き手の人なんかは、「ブログのように書いていいの?」とかって言う人がいて、私は違うって言ってるんですよ。そこは、やっぱりなかなか伝わらないんですけど、その違いっていうことが、気楽さであったり、あとは編集の手が一応入るっていうところの違いとかが、やっていくうちに分かってはもらえるような気はするんですけど、なかなかそこは難しくて。でも、やっぱりそういう差がきっと今の話の中にもあるのかなと思ったし。

 

あとは意外と簡単にできる。逆にブログなんか誰でも割と簡単にあげられるので、私なんかがやってるマガジンも簡単に結構、作ってるように見られたりもしているかなという気はしていますね。そこらへんは、やっぱりそれこそ中身でどう伝えていくか、どう載せるかというところに肩入れもあるんですけど。

 

でも、ある方が「すごく丁寧に作っていると思いましたと」言って下さったんですよ、この間。それはとても嬉しかったですね。だから、そういう観点から見ていただけると、ウェブだっていろいろ作る面白さもあるし、伝え方もひとつとして、おもしろいところはありますよね。でも、そうすると、いわゆる一般的に電子書籍と言われているところは、もう伸びないと?

とりあえず、これはまず失敗すると思います。そっから先はね、どうなるか。僕は成功して欲しいと思っているので。
その成功するかもしれないようなところは、たとえば、可能性とか未来の本のあり方というのに関わるのかもしれないですけど、ウェブであったりとか、発展系なんですかね。でも、この本はこういう紙の本はなくならないと財津さんは思っていらっしゃるわけですから、将来のこの本であったり、電子書籍の小説だったりっていうどんなものができていったらいいなとか、どういう可能性があるなって思いますか?

僕は、本当に本の切り口というのは、おそらくこれからどんどん出てくるだろうなと思うんですよ。だから、仕事でもいろんな仕事がまたこれから出るだろうな。装丁デザイナーなんかは、おそらく日本だけの仕事じゃないかなと思ってるんだけど、それも含めてね。

 

あとは、編集もそうだけども編集でももっと細分化すればいいなと思うし、そういうような本の可能性みたいなものは、本において何かをまた始めるとか、本からウェブのコミュニティができるとか、実際それは、おそらくもうあるんだろうけども、それを自然発生的に待っているんではなくて、僕たち、中の人間が外に向けて本でこういう遊びをしましょうとかさ。ブックイベントがここ数年のブームになっているのは、それなんですね。本は、やっぱりコミュニティになりやすいっていうのは非常にありますね。

facebook上で「何月何日にこれを読みましょう」って呼びかけている人がいるんですよ。私はまだ参加してないんですけど。それはなぜかというと、ちょっと読みたい本じゃないからっていう感じなんですけど。でもそれはすごくおもしろいことだなと思ってます。
そうそう、そんな感じです。